セピア色の写真館

古くからの江戸崎を知るための貴重な写真たちです。随時掲載致しますのでお楽しみに。

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大正〜昭和時代の江戸崎まちなかの風景

【左】大正初期。奥に見えるのは木製の大正橋と干拓前の榎が浦。城山からの撮影
【中】榎が浦の干拓工事現場。画像の人物は東郷町長と江戸崎入干拓の生みの親である、植竹庄兵衛氏。
【右】大正末期の浜町の河岸。(鍋屋河岸)海上交通が主の時代だった。

【左】本宿町の「たてり旅館」の画像。
【中】本宿町の「青木下駄屋」の画像。
【右】昭和10年頃の戸張町の風景。右側の建物は大正14年開通の「土浦自動車」の駅舎とバス。

戦時中の江戸崎

【左】昭和13年上海陥落ちょうちん行列の様子。左側は切通町にあった「切半楼」。
【中】昭和10年代の出征兵士の見送り風景。荒宿の鹿島神社での記念撮影と思われる。
【右】昭和13年、出征見送りの風景。当時は街中でもこのような光景が多く見られた。

【左】昭和10年頃の切り通しの風景。左奥の建物は昭和5年に新築された旧江戸崎警察署の建物である。
【中】江戸崎小学校の校庭の風景。昭和19年まで勤労奉仕で運動場の拡張工事が行なわれていた。
【右】東京都から疎開中の国民学校の生徒たち。瑞祥院の金比羅堂下にて。

戦後の江戸崎まちなかの風景

【左】昭和33年撮影の「大正橋」左手前の草が茂る水辺が現在の旧稲敷市役所江戸崎庁舎の辺りです。
【中】小野川、管天寺河岸付近で遊ぶ子供達。当時はプールがなかったので川で泳法の授業が行われていた。昭和31年撮影。
【右】昭和30年代の戸張町商店街。

【左】昭和30年の中央十字路での事故。国鉄トレーラーバスが「森永洋品店」に衝突した様子。
【中】昭和31年当時の西町。中央の建物は「旧土地改良事務所」(現在の江戸崎公民館付近)。
【右】当時の消防出初式の様子。榎ケ浦の干拓事業の為に作られた土手の上での一斉放水。

【左】昭和24年の道交法改正で「車は左、人は右」の対面交通となり、そのキャンペーンを行った時の写真。
【中】町民の消防防火訓練の様子。現在でも引き継がれている。
【右】警察署での救急訓練の様子。当時は消防署がなかったため警察で実施されていたと思われる。

セピア色の写真館

「祭り」「イベント」の古い画像を集めてみました。江戸崎の祇園祭は当時からの 行われ方が継承されているのが興味深いです。

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